死ぬほど英語が怖かった

英語教室をやってる位だから藤江は英語が得意なはず。皆さんそう思われていると思います。また、そうでないと困ります。英語が苦手な奴に我が子を預けたいとは思えない。

確かに社会人になって20年余り、「国際的」な仕事に従事してきました。国際交渉や英語で文章を書くのは仕事の一部でしたし、アメリカ連邦政府でも働きました。そして、現在も国際機関で働いています。

告白すると、ぜんぜんペラペ~ラではないし、サンシャインキッズのようにカッコよい発音もできません。

そして、習い始めの頃は、本当に苦手、苦痛、訳が分からなかったのです。

私が小学生時代を過ごしたのは東京の中野。「三丁目の夕日」の少し後、なんとなーく世の中が豊かになった時代です。団地の中で、自転車を乗り回したり、隣の林で虫取りにいそしんだり、まれに外国人が歩いていると「あ、ガイジン!」と追い回したりする普通の子供時代を送っていました。ちょっと変わっていた(?)のは、クソ真面目だったことと、勉強が好きだったことです。

勉強が好きでたまらなかった自分は、親に頼んで塾に行かせてもらうことになりました。そして、その流れで中学受験の波に飲み込まれてしまったのです。小学5~6年生の頃が一生のうちで一番勉強したと思える程の猛勉強の末に、見事に失敗。公立中学校に進学しました。

そこで、初めて「英語」に触れることになったのです。なにしろ、アルファベットすら知らない(知っていたのはABCとZだけ。「マジンガーZ」というアニメがあったから)。

クソ真面目、四角四面の自分は「リクツ」で覚えるタイプ。そのくせ、授業中は時々空想の世界に入って、大事な説明を聞きのがすという最悪のパターン。早々につまづきました。

「サンタンゲンのS」って何だ?「"is"は単数の主語につくって言ってたのに、なんで一人の"You"につくのは複数の時の"are"なんだ?」と底なし沼にはまっていきました。それでも、学習意欲だけはありましたらから、ラジオの「基礎英語」とかも聞いてみたりするんですが、何を言っているのかチンプンカンプン(←最近はこういう言葉使わない?)。キャシー先生の毎回のさよならのあいさつが「シーオレユー」にしか聞こえないので意味が分からない。授業であてられないように小さくなってましたね。

そんな状態が中学2年まで続きまして、さすがにヤバいと真剣に悩んだ訳です。当時通っていた塾(また通わせてもらっていた)で土曜日に苦手なところを個別指導してくれるという時間がありまして、一念発起して中1の教科書を持参して、最初からやり直しをさせてもらいましたそこで、引っかかっていたところをクリアして、ようやく授業に追いつけるようになりました(この段階ではまだ得意になっていません)。

そのまま放置していたら、中学高校と英語の授業を恐怖のまま過ごすことになっていたでしょうね。そして、国際協力の仕事にも就かなかっただろうし、幸子さんと出会って日向に来ることもなかっただろうし、英会話教室を開いて皆さんにお目にかかることもなかったでしょう。そういう意味で英語が人生を変えた、というのは誇張でもなんでもないということですね。よし、偉かったぞ、中2の自分。ちなみに、サンシャインで英語以外の科目を勉強する生徒さんもいますが、不得意科目は分かるところまで立ち返るようにしているのはこの経験に基づいています。

英語ニガテ話は、まだ続きますが、次回にゆずります。

サンシャインのメソッドは世界の先端を行くものではありますが、その背後に自分の失敗の反省が入っている、というお話でした。



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